20.06.09 ”儚さ”
- Kanon Kobayashi/ 小林香音
- 2020年6月10日
- 読了時間: 4分

夕日の写真を撮るのが好きだ。
刻一刻と変化する一瞬、移ろいゆく光を捉えたい、残したい。
夕日を見て、脳裏に過る言葉といえば”儚さ”だ。 儚さを感じさせるものに対して、私は心惹かれる。
古くから花、花といえば和歌の世界での桜、というのは儚さの象徴であって、幾多の歌人達が人生を花に例えて、人生観を唄ってきた。
世の中を思へばなべて散る花の わが身をさてもいづちかもせむ 西行
(世の中の理を思えば皆、花のように儚い。私の身の果てもどこだというのか)
儚いもの ー 花、舞い落ちる落ち葉、万華鏡、花火、シャボン玉、水流、雪。 どこか日本の四季や自然を意識させる。儚いものというのは日本人の感性と相性が良いのかもしれない。
「はかない」とは。
① 消えてなくなりやすい。もろくて長続きしない。
② 不確かであてにならない。実現の可能性が乏しい。
③ 何のかいもない。無益だ。
共通するのは無常観である。執着しても無駄だ、という諦念。確固とした形で、手元に留めておくことはできない。
儚いもの。二度と出会うことができないもの。似たようなものはあったとしても、目の前に見ているものと同じものには、もう永遠に出会うことができない。
そう考えると、なんとかして何か実体のある形として保存しておきたいと願ってしまう。 その形態として、古人は、目の前の感動を忘れないように、後から思い出せるように、短歌や俳句で心の動きを表現したのだろう。現代人の私たちは、手軽に写真として一瞬の感動を遺していくのだろう。両者の、この、目の前にあるものを保存したいという衝動は似ているのだ、とどこかで聞いたことがある。
二度とないということは、永遠というものは存在しないということでもある。 だからこそ、いつか終わりがやってくる。眼前に出会っても、いつか別れ、自分も、見ているものも、消えていく。 終わりが来るからこそ、意識が「今」に向く。今のこの瞬間を大事にして、これっきりだ、最後だ、という緊張感が生まれる。不可逆性の意識だ。
不可逆性について考えるとき常に、原研哉氏の『白』の一節を思い出す。
「白は、完成度というものに対する人間の意識に影響を与え続けた。(中略)白い紙に黒いインクで文字を印刷するという行為は、不可逆な定着をおのずと定着させてしまうので、未成熟なもの、吟味の足らないものはその上に発露されてはならないという暗黙の了解をいざなう。」
後戻りできない、不可逆な状況へのりだす意識のなかに、今への切実な集中があるという。

夕日が残す光、夕日が地上や空に投影する光の色合いは刻々と変化する。
ずっと眺めていると変化はわからないのに、少し目を離してから再び見ると、その変化に驚かされる。 特に、色が変わる境目の、なんともいえない色の変化に心が惹かれてたまらない。
この微妙な色の変化は、すぐに移ろうことを知っている。 だからこそ保存しておきたい、残したい、と思い、シャッターを切る。
人生において残したいものとはなんだろうか。 私に何が残せるのだろう。だいたい一人の人間が、ちっぽけな私が、人生で達成できることなんて限られている。別に、偉大なことを成し遂げたいとは思わない。この世にたいそうなものが残せるとも思えない。
でも、私が過去の人・書物・同世代の人・友人・家族から大きな影響を受けてきたのと同じように、誰かに何かしらの影響を与えることで、その人の心の中に何かが残るかもしれない。それでいい。
何か(ものでも、作品でも、芸術でも、人柄でも、なんでもいい)を見たり触れたりした時に、抱いた感情というのは記憶に残る。
例えば演奏会に行ったとして、どんな音楽だったかを形容し、後から思い出す手がかりにするのは、音楽を浴びた時に抱いた自分の感情だ。音楽のメロディ・和音など、詳細は大概覚えていないことの方が多い。むしろ、一瞬の心の動きや強烈な印象というのは、案外振り返っても心に残るものだ。
人間社会は、人と人との相互作用が、結局全てではないか。 一人でやっているという状況があっても、必ずどこかに人との関わりがあり、一人では生きていけない。
また、人は周囲にいる人間からもっとも大きな影響を受け、その人の思考・習慣・人格が形成されていく。かくいう自分は良くも悪くも人に影響されやすいと自覚しており、人生の節々・大きな転換点から日常的な決断や行動に至るまで、周囲の人・尊敬する人から刺激を受けたり、参考にしたり、後押しされたりすることが多かった。時には、自分を確立できないまま周囲に流されることもあった。
どっちみち影響されるのならば、ポジティブな方向に影響されたい。 逆に、自分も誰かに影響を与えるのならば、ポジティブな方向がいい。
人の心に、ポジティブなものを残せる人間になりたい。
燃え盛るような夕日。光を残して、消えていく。そんなふうに命を、情熱を燃やして生きたい。
