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『ガーデン』千早茜 #読書録

  • 執筆者の写真: Kanon Kobayashi/ 小林香音
    Kanon Kobayashi/ 小林香音
  • 12月1日
  • 読了時間: 3分

更新日:4 日前

「一番好きな本はなんですか」、と聞かれたら、答えると決めている本はいくつかあって、 実を言うと相手の属性とか私との関係性とかその場の流れによって、答える本を少し変えたりはしているが、

私にとって思い出深くて、定期的に思い返したくなるような、忘れられない本といえばこちら。



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カバーより

『植物になら、惜しみなく与えられるのに。 花と緑を偏愛し、生身の女性と深い関係を築けない、帰国子女の編集者。異端者は幸せになれるのか。幸せにできるのか。』


主人公は、自室に多くの観葉植物や花々を育て偏愛する独身男性。

幼少期を過ごした外国での、緑あふれる自宅の「庭」を、帰国後、自室で再現することに情熱を燃やしているのだ。


最初から溢れる色彩描写のみずみずしさに心を掴まれてしまって、一瞬でこの本がお気に入りになった。

(ネタバレは伏せています)


自分の個人的な話だが、私も心の原風景として、庭がある。


祖父母の家の小さな庭が、自分がひとりで自由に出歩いて知ることができる外の世界の全てだった、ものすごく幼い頃の記憶。


成長した今となってはごくごく小さな裏庭だが、小さな体の自分には、庭を歩き回るのは十分大冒険だった。小さな自分しか立ち入れない、植物をかき分けて進む道、自分しか知らない可愛い植物、植物にあたる光に心躍らせながら探して歩いた時間のこと。


以来、ずっと私の心の中には、原風景として小さくて手に負えるサイズの庭があって、守り続けている気がする。


言語化すると変な感じだけれども、この主人公が所有して守り続ける「庭」は、物理的に観葉植物で埋め尽くされた自室としても、心理的にもこんな感じなんだろうな、と思う。



主人公の心中の描写の解像度があまりにも高くて驚く。

これは筆者の内心じゃなければ.... つまり同じ孤独と、筆者も心に「自分の庭」を所有していなければ、ここまで書けないだろうなと思ったら、

やはり筆者も幼少期に外国で過ごしており、その体験や生い立ちが主人公に投影されているようだ。



動と生、緑と赤が、対照的にえがかれていてよかった。

緑のみずみずしさの描出の素晴らしさもさることながら、

赤が、唇も、いちごも、生々しいほどの生の気配を感じるものとして描かれている。


この本を読んでいた時期に、あるピアニストのラヴェルの『水の戯れ』の演奏を聴いて、この緑と赤の色彩感を追体験していた。


水の戯れ、基本的に植物、深い緑にかこまれた心地よい空間なのに、時々えぐい和音があって、それをえぐみのまま、生々しく取り出していて、新鮮で、生命の赤を感じた。


『ターニングポイント…(中略)... そのポイントとは、くるりと変質した瞬間というよりは、変わるのを止めた場所からなのではないかと僕は思う。 変わり続けることが常の生の中で、標本箱にピンで止められた昆虫のように、ぴたりと自分のかたちが定まり、時間を止めた瞬間のことをいうのではないだろうか。つまりは定点。』

ターニングポイントの定点ですでに止まっていて、そこから動かないことを選び、それを好むひと。


主人公が自室内で所有する、細やかに手入れされた植物たちが育つ閉じられた空間は、彼の心理としての自分以外誰も立ち入らせない、神聖な領域として守っているの心の「庭」も反映しているのだろうが、人との関係性でどう変わっていくかが見どころ。




個人的には、自分の守る居心地のよく行き届いた庭から出ることが難しかった、

悪く見ればぎゅーっと心が窮屈になっていたような時期に、心を解放してくれた、象徴的な本。



もしこの本が好きな方がいたら一緒に語りましょう!


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