• Kanon Kobayashi/ 小林香音

終演ーシベリウスVn協奏曲裏話_2022.7.3

大阪府医師会フィルハーモニーさん、指揮の髙谷光信先生とシベリウスコンチェルト共演させて頂いた演奏会が、ついに無事終演しました。


このブログはこの演奏会にかけてきた多くの想いをお話しするいい場かもしれない、と一抹の恥ずかしさもありつつ書き綴りたいと思います。

 

2022年7月3日にオーケストラとシベリウスを共演するという日が、本当に来るのだろうかと、私がソリストを務めていいのか、演奏会は無事開催できるのだろうか…この日を迎えるまで、さまざまな葛藤と不安がありました。

私を、大阪府医師会フィルハーモニー第51回定期演奏会の中プログラム(曲目3曲のうち、2曲目)のソリストに、とお声がけ下さったのは2019年、私が学部4年生の時でした。2019年に大阪府高槻市の摂津響Saalさんでのリサイタルに、本フィルハーモニーの運営の先生方がいらして下さったことが全ての始まりでした。その時は、2021年(学部6年生)の夏の予定、とのことだったので、2年間かけて学生時代の集大成としてじっくり準備しようと思っていました。



私にとっては初めてのフル規模のオーケストラとの共演。幼い頃から夢焦がれてきたコンチェルトのソリスト。曲目は何がいいかとリクエストを尋ねて下さったとき、迷わずシベリウスと返信しました。師事している先生にも、オーケストラの運営の先生方にも、シベリウスは合わせるの難しいから...大丈夫かしら...と言われつつ、恐縮しきりながらも、またとない機会には一番大好きな協奏曲を弾きたいという思いを通させて頂いたのでした。

シベリウスに初めて取り組んだのは中学生のころです。言葉で表現するなら、とてつもなく大きなうねりの中に身を任せて壮大な美しさの中を泳ぐ、ような感覚。じわじわ、じりじりと昂っていく感覚がたまらなく好きで、常に憧れの曲でした。レッスンに通って書き溜めてきた昔のアドバイスを見返しながら新たな気持ちで練習を再開していました。

しかし、COVID-19の流行により、医療者中心のオーケストラという性質も相まって、2020年の定期演奏会が中止になりました。幸運なことに、指揮の髙谷先生のスケジュール都合も叶い、奇跡的に2022年7月に同じプログラムで、と1年間の延期として下さいました。

しかし私は2022年7月は初期研修医1年目の3ヶ月目という、心身ともにきっと大変な時期です。私が、この時期にこの大役を引き受けさせて頂いていいのか。悩みに悩み、私は辞退させて頂いた方がいいのではないかと思い、そのような内容のメールをお送りしました。

ですが、今から考えると幸運なことに、キャンセルの趣旨がうまく伝わっておらず、運営の先生は私との共演を待ち望んで下さり、月日を跨いでやりとりが続きました。

その間に、改めて自分が演奏していいのか、どのような研修医生活を送りたいか、スケジュールや忙しさ的に研修医3ヶ月目に共演させて頂くことは可能なのか、文字通り毎日考える日々が続きました。

転機は2021年2月でした。学校のカリキュラムで1ヶ月間、寮に泊まりながら研修医の生活を体験する実習がありました。実習の合間を縫いつつ、企画していた室内楽演奏会を開催したのですが、その中である種の手応えを感じました。あらゆる可能性を想定した上で前々から準備を積み、覚悟を決めた上でなら、勉強や研修との並行も可能なのではと。

さらに、よくよく熟考した上で、この大阪府医師会フィルハーモニーさんとの共演機会は願ってもやまなかった貴重な機会であり、今回のご縁を大切にしたい、大好きなシベリウスを演奏したいと、気持ちがますます強くなっていました。COVID-19による先行き不透明の閉塞感のなかで、この演奏会に向けて準備できるということは、私にとって一筋の光であり希望でした。

既に本番まで1年半をきり、それまでに医師国家試験の勉強もある中で、不安も非常に大きかったのですが、私がシベリウスのソリストを務めさせて頂こう、と大きな覚悟を決めました。

運営の先生はもちろん、と私の覚悟を受け止めて下さり、着実に練習日程などから準備を重ねて下さいました。

 

これだけではなく、自分にとって転機と思えるような出来事は他にもありました。


尊敬するヴァイオリニストが、こんな心の内を明かして下さったことがきっかけでした。


ご自身はコロナ禍の中で、色々な演奏家の素晴らしい音源も、動画も世の中には既にたくさん出ている中で、何故"自分が"弾くのか、と問いかける機会があったのだ、と。


あえてその方は、「何故」に対するご自分の答えを私に明かされませんでした。

そして、こう付け加えました。


あなたも、その答えを自分なりに見つけて弾いてごらん、と。


しばらく、全く答えが出ませんでした。

月日を経て、この本番がだんだんと近づいてきて、どのような演奏をしたいかを具体的にイメージして考え自分と向き合ううちに、そしていろんな方の演奏を聴くうちに、そして様々な芸術家の考えに触れるうちに、自分の中でしっくりくる答えを見出しました。

いい音楽ができる人になりたい。

いいと思ってもらえるだけでなく、自分も心からいいと思う音楽がしたい。

いい音楽は、心が動く音楽。


技術的に難しいシベリウスの曲を根を詰めて練習するうちに、いつの間にか弾けるか、弾けないか、ミスが起きずに通せるか、通せないかという視点に傾いていました。そんな時に人の心を動かせるかどうかということ、そしてまず大前提として自分の心が動くかということを主眼におこうと、ハッとさせられた気づきでした。


しかしながら、初めてのオーケストラの合わせでは、心が動く以前に、合わせることで精一杯で、まだまだそんなことを考える余裕などありませんでした。ソリストパートを演奏するとは、何という孤独さだろうと感じていました。特にオーケストラ全員が音を発さず私だけが朗誦するような、長い長い1楽章のカデンツァパートがあることは、そのような気持ちを加速させました。そんな時のオケのリハーサル動画を見返すと、どうしても私の半径1m程度の小さな音楽になっていたのです。

そのようにガチガチに緊張する私でしたが、指揮の髙谷光信先生とオーケストラのメンバーの皆様が温かく迎えて下さったことに本当に助けられました。髙谷先生と本フィルハーモニーの皆様との関係は10年に及び、曰く「メンバーの皆さんとはもう家族同然の付き合いだからね」と、全メンバーを信頼して力を底から引き出すような指揮をされていました。先生の一言でオーケストラ全体の緊張が緩み、空気感が一体となって圧倒的にソロパートを弾きやすくなる、という魔法のような瞬間を体験しました。これは先生を信じてついていくしかない、と直観的に思いました。



私が師事する先生の「もっとオケ全体を誘い込む、引き込む、迎えにいく」というアドバイスも相まって、合わせの回数を重ねてメンバーの皆さんと音楽と言葉でコミュニケーションをしていくうちに、どんどん気づかされました。私は一人じゃない。メンバー全員で一緒に1つの音楽をしている、というオーケストラの本質というべき事実を、体で感じたのでした。他の全員が音を発しないカデンツァだって、皆でその1つの空間を作っているのだ、とさえ思えました。



さらに、フィルハーモニーの皆様は一年に一度のこの定期演奏会に向けて一年間かけてじっくりと練習を重ねています。多様なバックグラウンドと意見を持つメンバーが集まる集団をまとめ上げることの難しさは、私も室内楽団体の運営の経験から身に染みて感じていたことではありますが、オーケストラの大人数での演奏会となると.....想像の及ばぬほどの圧倒的な仕事量です。リハーサルの度に運営の先生方のご尽力を垣間見、メンバーの皆様の年に1度の舞台にかける熱い想いを感じ、私もこれに応えて誠心誠意演奏したいと、更なる意欲になりました。


 

とはいえ、プレッシャーはゼロにはなりません。大ホールのお客さんの一人一人の心を動かすということは、まるで重い扉をじわじわと開けていくように、こちらが説得力を持って語る音楽をしなければいけないし、そのためには私は大きな努力が必要だと自分に言い聞かせました。

演奏会が近づいてくるにつれ、練習をいくら重ねても、シンフォニーホールの会場写真を見てイメージトレーニングを重ねても、止まってしまうとか暗譜を間違えるとか、そんな事柄だって正直怖く感じました。


きっと、うまくいくイメージではなく悪いイメージの方が心的インパクトが大きく、引きずられやすいのだと言い聞かせて、悪いイメージを頭から掻き消しては成功しているイメージを頭に焼き付け、不安な箇所は寝起きだろうが練習開始直後だろうがどんな状態でも弾けるように練習し、その他考え得る準備はを全てしました。

それに加え、今まで幾度となく本番で思う通りの表現ができず悔しい想いをしてきたが故に、今回だけは絶対にそんな思いで終えたくない、思い切りシベリウスの世界を表現し尽くしてきたい、と思っていました。40分という大曲と、そしてアンコール曲まで、円弧のように大きな一つの流れとして聞こえるように、毎日一曲丸ごと通しては、その後細かく細かく区切ってイメージする音色を探しました。

研修から帰宅したらすぐに練習を始めて夜遅くまで音を出す、というような生活を家族が理解して支えてくれたことは非常にありがたいことでした。


 

迎えた当日。最後まで準備をやり切ったという実感もあって、あとは壮大な音楽をオーケストラ全員と作り、何より一瞬一瞬を楽しむだけだと思って舞台に立ちました。指揮の髙谷先生が、細かいことは気にしないでいいよ、たっぷり時間を取っていいし、伸び縮みしても、ついていくから、と。残響を楽しみながら弾いてごらん、と声をかけて下さったことも大きな安心に繋がりました。

舞台上では、指揮の髙谷先生とメンバーの皆様を信じて、シベリウスの作った大きなうねりの中に身を任せて演奏した感覚が残りました。冷たく身を刺すような寒さ、湖、森林の情景、灰色の世界、かと思えば暖かい風、炎、大らかさ、など抽象度様々なイメージが浮かんでは次の世界へと移ろっていきました。

沢山の、”音楽をやっていてよかった”という瞬間を経験できました。今までの経験が、長い時間をかけて準備してきたことが、どれだけ遠回りに感じたことであっても、全てここにつながっていたのだと感じました。



アンコールは、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番よりAndanteを演奏しました。

私の中でこの曲は、祈りです。ハ長調という、最も基本的な調の中で一定のリズムでのベースがありつつ、和声的な緊張からの弛緩の波が訪れます。そもそもの心を平静にして、何かに対する祈りというような具体的なレベルだけでなく、魂レベルの祈りのつもりで、演奏させていただきました。

夢の舞台が終わり一抹の寂しさもありますが、ここを基点として新たな音楽の旅を始めたいと思います。


改めて摂津響Saalの山口様、師匠の田中先生と﨑谷先生、音楽を導いて下さった指揮の髙谷先生、コロナ禍の大変な状況下でも心を尽くして準備下さった大阪府医師会フィルハーモニーの運営の先生方、音楽を一緒に作って下さった全メンバーの皆様、スタッフの皆様、お客様、ご支援くださった皆様、関わって下さった全ての方に感謝申し上げます。



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