• Kanon Kobayashi/ 小林香音

シュトラウス『ヴァイオリンソナタ』

R.シュトラウス: ヴァイオリンソナタ(1888年)



リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)は後期ロマン派に分類されるドイツの作曲家です。(ウィーンのシュトラウス家とは血縁関係ではないです)



シュトラウスは交響詩『ドン・ファン』『死と変容』『ツァラトゥストラはかく語りき』などや、オペラ『サロメ』『エレクトラ』などで有名です。リストやワーグナーの後継者として、交響詩やオペラのジャンルにおいて、前衛的で新しい音楽を追求した作曲家ですが、このような創作を生み出すようになる前は、古典的で保守的な作風で、主に室内楽曲(少人数の編成の曲)を作曲していました。

(写真は若き日のシュトラウス)


シュトラウス家では、ホルン奏者の父親を始めとして、家族全員が音楽に親しんでいました。 4歳でピアノを習い始め、6歳の時に作曲を始め、18歳の時には、約140曲の歌曲やピアノ曲を作曲していました。21歳の時には父親が勤めていたミュンヘン歌劇場の音楽監督に就任し、ワーグナー、リストやブルックナーへの理解を深めていきました。22歳の時にイタリアを旅行し、インスピレーションを得て「マクベス」や「ドン・ファン」などの交響詩を初めて創作しました。

今回演奏されるヴァイオリンソナタは彼が24歳の時の、伝統に則った室内楽曲からオーケストラ音楽とオペラの作曲へと移行する、まさに作風の転換期の作品です。古典的な形式を継承しながらも、和声感や数々の転調は後の作品にも通じるものがあります。

この曲はのちに結婚することになるソプラノ歌手パウリーヌ・ド・アーナと出会った年に作曲された作品であり、甘く美しいメロディと、ロマンティックな情熱が同時に感じられます。特に、2楽章は、シュトラウスが別出版を許可したほどの人気です。

この曲のポイントはロマンチックなメロディの美しさだけでなく、和声の自在な移ろいにあります。1つのフレーズの中でも、長調と短調の和音が混在していたり、関連のある調の和音が自然に取り入れられていたり、すぐに調性が移ろうことがあります。華々しさと時たま見せる陰が大変印象的ですが、和声が持つ表情を一つ一つ引き出しながら演奏していると、毎回新たな発見がありました。



第1楽章 Allegro ma non troppo

変ホ長調の基本となる和音が堂々とピアノで演奏され、主題が提示されます。変ホ長調はベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』や、のちにシュトラウスがベートーヴェンを意識しながら作曲した交響詩『アイン・ヘルデンレーベン(英雄の生涯)』で用いられた調性であり、華々しさや雄々しさが感じられます。

この曲は「ソナタ形式」で書かれています。ソナタ形式とは、具体的には提示部→展開部→再現部→コーダで構成される音楽のことです。

主題が提示される冒頭の提示部について。以下のような付点8分音符+16分音符+3連符の特徴的なリズムが目印の第一主題はこの楽章の随所に出てきます。

第1主題の冒頭


第1主題が終わると、ピアノに続いてヴァイオリンも柔らかくロマンチックな副主題①を提示します。だんだんと激しくなり混乱を感じさせるようなパートが続き、より切実さを感じさせる情熱的な副主題②が現れます。

ピアノがキラキラとした跳躍するフレーズを経て、広々とした変ロ長調での第2主題が始まります。最初の主題の変ホ長調とは属調(隣の調性)の関係です。すぐに副主題①と同じ、混乱しているもしくは怒っているかのような様子でピアノとヴァイオリンの応酬が続きます。

展開部では、第1主題のリズムが静かにピアノとヴァイオリンで交互に掛け合いながら奏でられます。そして副主題②が今度はホ短調でどこか物悲しさを感じさせながら登場します。その後、変ト長調での第1主題、副主題①の後の移ろう転調が見事です。変ト長調→嬰ヘ短調(変ト=嬰ヘで同じ音)→ト短調→一瞬のハ長調を経て、最終的には冒頭と同じ変ホ長調に戻ってきます。再現部の始まりです。



再現部では、冒頭の変ホ長調の第1主題に戻り、副主題②が今度は変ホ短調で奏でられます。どこか憂鬱で、何かを訴えたげな様子を感じさせる調性です。かと思えば第2主題が明るく開放的なイ長調で始まります。再び激しさを持つ副主題①の変奏を経て、最後にはようやく、堂々と変ホ長調に帰ってきます。まるで今までの混迷、陰を全て乗り越え、勝利宣言をしているかのような、誇り高さを感じさせる部分で、華やかに盛り上がります。

第2主題


一通り盛り上がった後に待つのは、コーダです。まるで思い出を語っているかのような、もしくは夢の中にいるかのような、穏やかな回想です。最後は第1主題のリズムをピアノとヴァイオリンで奏で、力強く締めくくります。

第2楽章 Andante Cantabile

「即興」と題され、大きく3つの部分に分けることができる「三部形式」を取る楽章です。1楽章で情熱的に、葛藤しながらも恋を語っていたとするならば、2楽章は、より穏やかな無償の愛を感じます。変イ長調の、落ち着いた温かさのある美しいヴァイオリンのメロディから始まり、合わせて、ピアノも優しく深みを与える伴奏を奏でます。

時折、胸を締め付けられるような悲しみを感じさせる和音や、陰やどこか寂しさを感じさせる部分もありますが、穏やかなメロディが続きます。題に即興とあるように、自由さを持ち、次にどんな音に跳躍するのかと、楽しみながら聴くことができます。

私は、個人的に夜桜を眺めているイメージを持っています。どこか儚い美しさを持つ中間部直前の部分は、時間がゆっくりと流れる感傷的な気分に浸っている様子を感じています。




中間部は、ピアノの絶え間ない3連符から始まり、波風が立った、どこか心中穏やかではない様子が感じられます。それに乗ってヴァイオリンも激しく葛藤するかのような旋律を奏でます。

ひとしきり嵐が去ると、数多の星がまたたいている夜空が広がっているかのような、キラキラとしていて美しいピアノのパートが始まります。ヴァイオリンも弱音器を付け、どこか夢心地のようなメロディで歌います。そのまま、冒頭のメロディに帰ってくる再現部に入ります。

再現部では、冒頭でヴァイオリンが奏でていた主旋律は、今度はピアノと交互に分け合う形で変奏されます。現実に引き戻されそうになりながらも、まだ夢から醒めぬかのようにメロディが続き、静かに穏やかに終わります。

第3楽章 Andante – Allegro

第2楽章の穏やかな夢心地から、だんだんと現実に戻ってきて、次に何かが起こりそうだという予感を感じさせるピアノのアンダンテから始まります。

アレグロは、一気に打って変わって、フィナーレに相応しい盛り上がりを見せます。主題である、力強い音形をピアノが奏でると、忙しくピアノとヴァイオリンで一気に高い音域まで駆け上がったと思えば、情熱的に燃えるメロディ(副主題①)が始まります。


第1主題




副主題①



この楽章は「ロンド形式」といって、主題が何度も繰り返し演奏され、その間に異なるメロディが挟まれているという伝統的な形式をとります。

副主題②では、軽やかに動くピアノに乗って、ヴァイオリンが幅広く堂々と旋律を奏でます。

第2主題では、一番基本の調性であるハ長調(#や♭のついていない調性)で、無垢でみずみずしいメロディが登場します。心が浄化されるかのような、広々とした爽やかな主題です。


副主題②





第2主題


その後、基本となる第1主題に戻った後は、副主題②が変イ長調で堂々と暖かく歌ったり、変ホ長調に戻って少し物悲しげに歌ったりしながら、足取り軽く踊っているかのような部分が登場します(スケルツォ)。

副主題が何回も繰り返されながら、消えいったかと思えば、突然がピアノが堂々と華麗なオクターブの下降形を繰り出し、冒頭の主題に戻り、今まで登場した主題が走馬灯のように駆け巡ります。再び登場するスケルツォはどこか不安げでせわしなく、どんどんピアノとヴァイオリンで互いを追い詰めるかのように進みます。

第1主題に戻ってくるのもつかの間、まだまだ心が落ち着かないパートが続きますが、一瞬の静寂を経て力強く第1主題や副主題が変奏され、華々しくこのソナタが締めくくられます。


2020.10.24 小林香音


参考文献

Richard Strauss

http://www.richardstrauss.at/biography.html 2020.10.21